雇用関係調停所(Employment Relations Authority:ERA)の物議を呼ぶ不当解雇を認めた判決について(雇用関係法と移民法のそれぞれの観点より)(2021年2月)

2021年2月、ERAは、Pizza HutやKFCなど大手ファストフード店などを展開する企業の元従業員(ワークビザ保持者)の不当解雇(Unjustified Dismissal)の訴えを認め、雇用主側へ慰謝料$18,000の支払いを命じました。この判決に対し、移民法を専門とする何名かの弁護士は、ERAがワークビザ申請プロセスを理解しておらず、この判決によって、今後のワークビザ保持者の雇用機会を損われる可能性があるとし、物議を呼んでいます。時系列と事実関係を整理しつつ、この判決への見解を述べたいと思います。

背景

2017年1月、従業員Gは雇用主RBLとパーマネント従業員としてワークビザのもと雇用契約を開始しました。雇用開始時、Gはオープンワークビザという雇用主に限定されない種類のワークビザを保持していました。このオープンワークビザが失効する前に、RBLのサポートによって雇用主が限定される別のワークビザ(Essential Skills: ES)に切り替え、そのまま雇用が継続されました。ESワークビザの失効日は2019年3月7日でした。

2018年11月、Gはビザの失効日が近づいてきたため、RBLに連絡を行い、お互いに雇用契約を延長の意思を確認しました。ここでのポイントとして、Gは『パーマネント従業員』という立場であることから、RBLがワークビザを必ず取得してくれる前提と思い込んでおり、ESワークビザの申請プロセスを把握していなかったようです。また、RBLもESワークビザのプロセスやそれが雇用契約にどう影響を及ぼすのか、Gに説明した事実もありませんでした。

補足ですが、雇用主がESワークビザをサポートするにあたり一番重要な作業として、サポートしたい従業員のポジションにNZ人またはNZ永住権保持者の適任者がいないかどうかを確認する作業(求人マーケットチェック)があります。これはNZ国内の雇用を優先するための国策です。したがって、ESワークビザ申請書類にNZ人の適任者がいなかった証拠を添付する必要があり、適任者がいるようであれば、ESワークビザは発行されません。

2019年1月、RBLはマーケットチェックを行い、結果、NZ人の適任者が応募してきました。RBLは適任者が見つかっているにも関わらずESワークビザ申請を行うことは、却下されることが分かっているのにビザ申請を行うことに等しく、かつG個人の申請費用が無駄になると判断し、2月14日にESワークビザのサポートが出来ない旨を電話でGへ伝えました。その後、2月19日からそのNZ人の雇用が開始され、Gはビザが切れる3月7日まで勤務しました。

Gは、パーマネント従業員として雇用されていたにもかかわらず、2019年2月14日にRBLがワークビザのサポートをやめる決定を行ったことは、不当解雇にあたると主張し、$20,000の慰謝料(精神的苦痛)の請求をERAで争うこととなりました。

ERAの判決

ERAは、RBLが雇用主として、Gとのビザ申請に関するコミュニケーションを取れていなかったこととに誠意(Good faith)を欠いていたとみなしました。そして、2月14日にワークビザのサポートを諦めて、別の従業員を雇用したことは不当解雇にあたると結論付け、$18,000の慰謝料を支払うよう命じました。

弊社の見解

この判決のポイントは、雇用関係法(Employment Relations Act)と移民法(Immigration Act)という二つの法律にまたがった雇用問題をERAがどう判断するかでした。

NZの雇用関係法において、雇用期間を定める契約は、パーマネント(Permanent)とフィックス(Fixed-term)の二つが存在します。フィックス契約としての雇用を行う場合は、法的に正当な理由が必要とされており、例えば、産休中スタッフの代理などが該当します。ただし、ビザ期限はこの正当な理由に該当しないため、一般的にパーマネント契約であることが求められています。フィックス契約では期間満了をもって雇用契約が終わりますが、パーマネント契約の場合、雇用主が従業員を自由に解雇することはできません。具体的に解雇を行う場合は、書面での通知を行い、それに対する意見を設ける期間をあたえるなど、誠意を持って一定の手順を踏まなくてはなりません。今回のERAの判決は、一貫して雇用主としての誠意ある対応ができていなかったことが強調されており、『雇用関係法の観点』からはそれほど間違った判決ではないと言えます。

しかしながら、今回のERAの判決は、『移民法の観点』において大いに問題があります。一つ目は、ERAがESワークビザの申請プロセスの実務を把握していないと思われることです。雇用主が従業員のESワークビザをサポートするためには、そのポジションにふさわしいNZ人もしくはNZ永住権保持者で適任者がいないことが前提です。雇用主は、適任者が見つかった場合、ESワークビザをサポートする理由はありません。また、従業員の要望に応じてESワークビザを申請したところで、適任者が見つかったことをわざわざ移民局に報告するだけとなり、ビザが承認される理由もありません。しかし、ERAは、RBLがGの意思を確認せず、最後まで諦めずにGのビザサポートを行わなかったことは誠意を欠いた対応と述べました。ビザ申請プロセスを理解している弁護士からすると、却下されることが決まっているESワークビザ申請は行うべきではないとアドバイスするのが妥当です。なぜなら、申請費用が無駄になることもそうですが、ビザが却下された記録は移民局のデータに残る形となり、それが将来の別のビザ申請に影響を及ぼす可能性があるためです。したがって、ERAの判決にはこういったビザプロセスの実情が考慮されていません。

二つ目は、GがESワークビザのことを理解していなかったにもかかわらず、ERAがほぼ全面的にRBL側のコミュニケーションに問題があったと述べていることです。通常、ビザは個人に帰属し、個人の責任で取得する必要があります。GはNZに法的に滞在する以上、最低限のビザに関する知識を持ち、それを分かった上で雇用契約することが当然とされます。したがって、Gはパーマネント契約ではあるものの、それはあくまでも有効なビザを自身が保持しているという、いわば条件付きであることを理解していなくてはなりません。同様に、ビザ申請プロセスの結果、雇用継続が出来なくなるリスクがあることも理解していなくてはならないはずです。事実関係から、RBLのコミュニケーション不足は否めませんが、条件付であったパーマネント契約を打ち切る決定は移民法の観点からは外れていないと言えます。しかしながら、今回のケースでは、あくまでもERAは雇用契約法寄りの判決を下す可能性が高いことが示唆されたため、雇用主は注意が必要です。

おわりに

今回のERAの判決で浮き彫りとなった雇用関係法と移民法にまたがる雇用問題ですが、法整備が求められると考えています。もともと、雇用関係法はNZ国内の雇用契約を前提として起案されたものであり、ビザ保持者の雇用契約については規定されていません。とりわけ、滞在期間の限られたビザ保持者がパーマネント契約を行うことは、雇用関係法に矛盾しているともいえます。

最後に、雇用主が出来る対策としては、まず全従業員のビザ期限を記録しておき、更新の3~4ヶ月前から話し合いの時間を設けて、雇用の継続はあくまでもビザが取得できた場合に限ること改めて説明することです。そして、もし求人マーケットチェックでNZ人もしくはNZ永住権保持者の適任者が見つかりサポートが出来ないようであれば、すぐに従業員に報告し、雇用契約はビザ期限で終了となる旨を伝えることが重要です。そして、一貫してこれらの報告や話し合いには誠意を持って対応する必要があります。