Employee(従業員)とContractor(業務委託者)について(2020年6月)

ニュージーランドのビジネスオーナーは、ビジネス拡大のために人材を必要とする場合、主に二つの選択肢があります。一つ目は、自身が雇用主となって、フルタイム、パートタイム、カジュアルなどの雇用形態でEmployee(従業員)の雇用契約を結ぶこと、二つ目は、別のビジネスオーナーをContractor(受託者)として業務委託契約を結ぶ方法があります。EmployeeとContractorは、それぞれに法的に異なる権利と義務があり、メリットとデメリットがあります。今回はこれらの違いと、Contractorとして行った業務契約がEmployeeとして判断された最近の雇用裁判所の判例について説明します。

EmployeeとContractorの違い

雇用主と雇用契約(Employment Agreement)を結んだEmployeeは、NZの雇用法による権利が保証されます。例えば、最低時給の保証、有給休暇や病気休暇、雇用主から不当な扱いを受けた場合の提訴権などが挙げられます。雇用主側には、Employeeとの雇用契約書の保管、勤怠や給与についての記録、税金の支払いなどの法的義務が課されます。

これに対して、業務契約(Contractor Agreement)の場合、雇用主(=委託者)とは雇用関係にあたらず、Contractorは受託者として結んだ自身のビジネス契約となるため、雇用法にもとづく権利の恩恵を受けることは出来ません。そして、Contractorは、業務に必要な設備や道具などは自費で購入し、基本的に成果による報酬を委託者へ請求する形で対価を得ることが出来ます。また、一つの委託者に縛られることなく、別の委託者とも自由に契約をすることが出来ますが、発生した費用や利益の管理、税金の支払いなどはすべてContractor自身で行う義務があります。委託者側は、事業を縮小する場合に、業務契約を終了することにより費用を抑えることが出来ます。

雇用裁判所の判例とその影響について

2020年5月、雇用裁判所において、運送会社(委託者)と業務委託契約を結んでいた配達ドライバーが一方的に契約を打ち切られたことに対して、自身の契約形態はContractorではなくEmployeeであると提訴し、それが認められる判決が下されました。すなわち、この判決により、運送会社と配達作業員との間の契約は、雇用関係にあるとみなされました。これにともない、配達作業員は契約日から遡って雇用法に基づいて給与や有給休暇の権利、および不当解雇に対する提訴権をも得る形となります。

裁判では幅広い事実関係と雇用法の解釈が議論されました。とりわけ、運送会社側が配達ドライバーの業務を事実上コントロールしていたことで、ビジネスオーナーであるはずのドライバーに自主的な選択権がほぼ与えられていないことが判決の主旨となりました。『事実上のコントロール』の一例を挙げると、配送ルートは運送会社が指定しておりドライバー自身では変更できない、この運送会社以外からの集荷は出来ない、ドライバー自身で勤務日を選択できない、会社の承認なくして20日以上の休暇が取れないなどがあり、総合的にこれらの制約は雇用契約に近いものと判断されました。

別のポイントとして、ドライバーの母語が英語ではないため、彼が業務契約に書かれていた不利になり得る内容を理解できていなかったという弱者の立場が考慮されたことです。本来、Contractor契約は、別々のビジネスオーナーが同等の権利を持って、契約の自由の原則に基づいて行われます。したがって、一般的に裁判所の介入は最小限とされているため、この判決は議論の余地があると考えられます。この判決を踏まえて、委託先は業務契約を結ぶ際に、契約内容の全てを説明する義務はありませんが、契約前にリーガルアドバイスを受けるべきと受託者に伝えることで、このリスクは回避できると思われます。

なお、ニュージーランド国内の運送業界では一般的にContractor契約が行われていることもあり、インパクトのある先例となりました。ただし、雇用裁判所は、今回の判決はあくまでもこの二者間の事実関係が十分に考慮された上で、Employeeとみなす結論を下しており、ニュージーランド国内すべてのドライバーがただちにEmployeeになるわけではないとも述べています。

雇用関係調停所(Employment Relations Authority:ERA)の物議を呼ぶ不当解雇を認めた判決について(雇用関係法と移民法のそれぞれの観点より)(2021年2月)

2021年2月、ERAは、Pizza HutやKFCなど大手ファストフード店などを展開する企業の元従業員(ワークビザ保持者)の不当解雇(Unjustified Dismissal)の訴えを認め、雇用主側へ慰謝料$18,000の支払いを命じました。この判決に対し、移民法を専門とする何名かの弁護士は、ERAがワークビザ申請プロセスを理解しておらず、この判決によって、今後のワークビザ保持者の雇用機会を損われる可能性があるとし、物議を呼んでいます。時系列と事実関係を整理しつつ、この判決への見解を述べたいと思います。

背景

2017年1月、従業員Gは雇用主RBLとパーマネント従業員としてワークビザのもと雇用契約を開始しました。雇用開始時、Gはオープンワークビザという雇用主に限定されない種類のワークビザを保持していました。このオープンワークビザが失効する前に、RBLのサポートによって雇用主が限定される別のワークビザ(Essential Skills: ES)に切り替え、そのまま雇用が継続されました。ESワークビザの失効日は2019年3月7日でした。

2018年11月、Gはビザの失効日が近づいてきたため、RBLに連絡を行い、お互いに雇用契約を延長の意思を確認しました。ここでのポイントとして、Gは『パーマネント従業員』という立場であることから、RBLがワークビザを必ず取得してくれる前提と思い込んでおり、ESワークビザの申請プロセスを把握していなかったようです。また、RBLもESワークビザのプロセスやそれが雇用契約にどう影響を及ぼすのか、Gに説明した事実もありませんでした。

補足ですが、雇用主がESワークビザをサポートするにあたり一番重要な作業として、サポートしたい従業員のポジションにNZ人またはNZ永住権保持者の適任者がいないかどうかを確認する作業(求人マーケットチェック)があります。これはNZ国内の雇用を優先するための国策です。したがって、ESワークビザ申請書類にNZ人の適任者がいなかった証拠を添付する必要があり、適任者がいるようであれば、ESワークビザは発行されません。

2019年1月、RBLはマーケットチェックを行い、結果、NZ人の適任者が応募してきました。RBLは適任者が見つかっているにも関わらずESワークビザ申請を行うことは、却下されることが分かっているのにビザ申請を行うことに等しく、かつG個人の申請費用が無駄になると判断し、2月14日にESワークビザのサポートが出来ない旨を電話でGへ伝えました。その後、2月19日からそのNZ人の雇用が開始され、Gはビザが切れる3月7日まで勤務しました。

Gは、パーマネント従業員として雇用されていたにもかかわらず、2019年2月14日にRBLがワークビザのサポートをやめる決定を行ったことは、不当解雇にあたると主張し、$20,000の慰謝料(精神的苦痛)の請求をERAで争うこととなりました。

ERAの判決

ERAは、RBLが雇用主として、Gとのビザ申請に関するコミュニケーションを取れていなかったこととに誠意(Good faith)を欠いていたとみなしました。そして、2月14日にワークビザのサポートを諦めて、別の従業員を雇用したことは不当解雇にあたると結論付け、$18,000の慰謝料を支払うよう命じました。

弊社の見解

この判決のポイントは、雇用関係法(Employment Relations Act)と移民法(Immigration Act)という二つの法律にまたがった雇用問題をERAがどう判断するかでした。

NZの雇用関係法において、雇用期間を定める契約は、パーマネント(Permanent)とフィックス(Fixed-term)の二つが存在します。フィックス契約としての雇用を行う場合は、法的に正当な理由が必要とされており、例えば、産休中スタッフの代理などが該当します。ただし、ビザ期限はこの正当な理由に該当しないため、一般的にパーマネント契約であることが求められています。フィックス契約では期間満了をもって雇用契約が終わりますが、パーマネント契約の場合、雇用主が従業員を自由に解雇することはできません。具体的に解雇を行う場合は、書面での通知を行い、それに対する意見を設ける期間をあたえるなど、誠意を持って一定の手順を踏まなくてはなりません。今回のERAの判決は、一貫して雇用主としての誠意ある対応ができていなかったことが強調されており、『雇用関係法の観点』からはそれほど間違った判決ではないと言えます。

しかしながら、今回のERAの判決は、『移民法の観点』において大いに問題があります。一つ目は、ERAがESワークビザの申請プロセスの実務を把握していないと思われることです。雇用主が従業員のESワークビザをサポートするためには、そのポジションにふさわしいNZ人もしくはNZ永住権保持者で適任者がいないことが前提です。雇用主は、適任者が見つかった場合、ESワークビザをサポートする理由はありません。また、従業員の要望に応じてESワークビザを申請したところで、適任者が見つかったことをわざわざ移民局に報告するだけとなり、ビザが承認される理由もありません。しかし、ERAは、RBLがGの意思を確認せず、最後まで諦めずにGのビザサポートを行わなかったことは誠意を欠いた対応と述べました。ビザ申請プロセスを理解している弁護士からすると、却下されることが決まっているESワークビザ申請は行うべきではないとアドバイスするのが妥当です。なぜなら、申請費用が無駄になることもそうですが、ビザが却下された記録は移民局のデータに残る形となり、それが将来の別のビザ申請に影響を及ぼす可能性があるためです。したがって、ERAの判決にはこういったビザプロセスの実情が考慮されていません。

二つ目は、GがESワークビザのことを理解していなかったにもかかわらず、ERAがほぼ全面的にRBL側のコミュニケーションに問題があったと述べていることです。通常、ビザは個人に帰属し、個人の責任で取得する必要があります。GはNZに法的に滞在する以上、最低限のビザに関する知識を持ち、それを分かった上で雇用契約することが当然とされます。したがって、Gはパーマネント契約ではあるものの、それはあくまでも有効なビザを自身が保持しているという、いわば条件付きであることを理解していなくてはなりません。同様に、ビザ申請プロセスの結果、雇用継続が出来なくなるリスクがあることも理解していなくてはならないはずです。事実関係から、RBLのコミュニケーション不足は否めませんが、条件付であったパーマネント契約を打ち切る決定は移民法の観点からは外れていないと言えます。しかしながら、今回のケースでは、あくまでもERAは雇用契約法寄りの判決を下す可能性が高いことが示唆されたため、雇用主は注意が必要です。

おわりに

今回のERAの判決で浮き彫りとなった雇用関係法と移民法にまたがる雇用問題ですが、法整備が求められると考えています。もともと、雇用関係法はNZ国内の雇用契約を前提として起案されたものであり、ビザ保持者の雇用契約については規定されていません。とりわけ、滞在期間の限られたビザ保持者がパーマネント契約を行うことは、雇用関係法に矛盾しているともいえます。

最後に、雇用主が出来る対策としては、まず全従業員のビザ期限を記録しておき、更新の3~4ヶ月前から話し合いの時間を設けて、雇用の継続はあくまでもビザが取得できた場合に限ること改めて説明することです。そして、もし求人マーケットチェックでNZ人もしくはNZ永住権保持者の適任者が見つかりサポートが出来ないようであれば、すぐに従業員に報告し、雇用契約はビザ期限で終了となる旨を伝えることが重要です。そして、一貫してこれらの報告や話し合いには誠意を持って対応する必要があります。

職場の健康および安全に関する法律(Health and Safety at Work Act 2015)施行後の個人責任に及ぶ判例について(2021年10月)

2016年4月4日に職場の健康および安全に関する法律(Health and Safety at Work Act 2015:HSWA法)の施行から6年が経過しました。施行後、同法上での判決ではこれまで法人のみが刑罰の対象とされておりましたが、2021年10月にはじめて個人責任にまでおよぶ判決が出ました。

予備知識として、HSWA法は以前のWork Safe法に代わって、ニュージーランド国内の職場環境における健康維持や安全管理を向上させる目的で制定されました。旧法からの変更点として、法人に対する最大罰金刑の大幅引き上げ(50万ドル→300万ドル)、また法人の監督責任者に対する個人罰(最大禁固5年、罰金60万ドル)が導入され、業務を行う個人・法人への法的な安全責任が厳しくなりました。

HSWA法においてはじめて個人責任にまでおよぶ判決の事の顛末は、プレスマシーンを取り扱う企業の従業員が操作を誤った結果、右手の指を2本失う事故が起こりました。これにより、企業側に$120,000の罰金刑および被害者への$30,000の賠償金、そして企業の取締役個人に対して$35,000の罰金刑が科せられる判決となりました。

安全監督当局(Work Safe NZ)の捜査によると、プレスマシーンに適切なガードが無く、緊急停止ボタンもついていなかった、さらに、このプレスマシーンには以前にも同様の問題が発生していたが、それを社内でリスクとして共有していなかった。そして、従業員への書面での研修記録も見当たらなかった。加えて、この企業には過去に従業員が怪我をしたことによる過去二度の有罪歴があり、安全監督当局により職場の安全性について3つの是正勧告がまさに出されていたところでした。安全監督当局は、上記の度重なる職場への安全の配慮が見直されてこなかったことを重く見て、法人だけではなく取締役個人へも起訴し、それが裁判においてはじめて認められた判例となりました。

今回の罰則の対象となった企業はプレスマシーンという特殊な機械ではあるため、この記事の読者の方には自分には関係ないと思われるかもしれません。ただ、これを皆さんの会社にある他の設備に置き換えてみると、より身近に感じるのではないかと思います。特に、製造、工場、倉庫などで勤務されている方は、客観的に周りを見ると潜在的なリスクが沢山ある事に気が付かれるはずです。そして、特に雇用主の方は、それらのリスクが認識、共有されているか、業務にかかわる全員が適切な研修を受けているか、それらが書類として保管され、マニュアル化されているか、などを今一度、ご確認することをお勧めいたします。

陪審員の役目を理解するために

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陪審制度に関係する最近の新聞記事を拾ってみました。

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西 村 純 一(弁護士)

ニュージーランドにおける陪審員の選考は選挙人登録名簿から無作為に選ばれますので、あなたにも召喚状が送られてくるかもしれません。2008年10月号に陪審員召喚について掲載致しましたが、その役目をより一層理解できるように陪審員が裁判にかかわる実例を次のとおり紹介致します。 続きを読む

Jury Service 陪審員召喚

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(ニュージーランド法務省発行資料)

ニュージーランド日本法律問題研究会
翻訳:神 谷 岱 劭(J.P.)
監修:西 村 純 一(弁護士)
編集:松 崎 一 広

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陪審員は裁判所の審理に参加し、証拠や証言を吟味し、そして、陪審員の評決(決定)を下すために無作為に選出された12人によって構成されるグループです。 続きを読む

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