COVID-19に対応する移民法修正法案について

2020年5月8日

NZ政府は、2020年5月5日、COVID-19での緊急時に対応を早めるため、現行移民法(Immigration Act 2009)を暫定的に修正する法案(Immigration (COVID-19 Response) Amendment Bill)を提出しました。この法案は、スピード可決される見込みで、早ければ5月15日に施行され、その後、関係当局からこの法律に基づいた方針が発表される予定です。まだ国会で審議中ですので、現時点分かっている内容をご参考程度に紹介させていただきます。

はじめに、現行の移民法は、基本的に個別の状況に基づいた審査制度となっており、非常に限られた権限しかなく、柔軟にかつ包括的に対応できる法的枠組みがありませんでした。今回のような国家緊急事態宣言が出され、NZ国内に約350,000人いるとされる暫定ビザ保持者(ワーク、学生、観光など)が、COVID-19による影響でビザ条件を変更せざるを得ない状況に置かれた場合であっても、基本的にVariation of Condition(ビザ条件変更)の申請が必要となります。しかしながら、現実的に、移民局の稼働率は、Level 3で20%、Level 2になっても50%ほどをされており、これらに加えて、COVID-19で優先順位の高い新規ビザ案件、すでに申請されていた各種ビザの累積残務を処理できるキャパシティがありません。そこで、NZ政府として、移民法を暫定的に修正し、特定のビザ保持者の条件を包括的に変更できるような制度を整えようとしています。

この法案の目的ですが、上記で述べたように個別審査のままでは移民局の処理業務が追い付かず、現行法制度そのものが意味をなさなくなってしまうこと、また、この法案は1年間の期間限定とされていることの2点から、この緊急事態の下では合理的な動きであると考えています。

なお、この法案の下で、移民大臣が権限を行使すると、特定クラスに該当するビザ保持者の条件を包括的に修正、変更、キャンセルなどが可能になるようです。下記のような、事例が取り上げられていました。

  • 特定の雇用主の下で働くワークビザ保持者(Essential Skillsなど)へ、雇用条件を緩和し、雇用主や地域に縛られず、柔軟に就労ができる措置
  • NZ国外からビザを申請をされて承認されたが、NZへ渡航が出来なくなってしまった方へ、最大6カ月間のビザ期限の延長措置
  • 病気などが理由でビザ申請が出来なかった方へ、ビザを認める措置
  • ビザ申請で必要な資料をすべて集めることが出来ない方へ、申請資料の一部免除措置
  • 特定のカテゴリーの新規ビザや永住ビザのEOIなどの申請受付を、最大3か月間延期措置

この法案が可決され、NZ政府から方針が発表され次第、報告させていただきます。

小規模ビジネス救済、1年間無利子ローンが5月12日より開始

2020年5月8日

2020年5月12日赤字部分更新

12週間分の従業員の給料を補助する政府からの救済「COVID-19 Wage Subsidy」を3月提供時に迅速に申請した企業は、6月中頃には、その補助金を使い果たす事を見込み、多くのビジネスが未だにフル活動でビジネスを再開できない中、政府は新たなローンスキームを発表しました。

対象は、コロナウィルスで打撃を受けた従業員50人以下の小規模ビジネスです。政府は、ビジネスを継続するために不可欠な店舗/事務所の賃貸の支払いなど、運営費キャッシュフローを維持すべく、最大で$100,000の1年間無利子ローンの提供を発表し、現在の申請期間は5月12日~6月12日の1カ月間のみとなります。

このスキームの概要

• 貸付額は、全申請企業に提供される$10,000をベースとし、フルタイム従業員一人に対し$1,800を加算し算出される。

• 貸付から2年間は返済を求められないが、1年以内に返済を完了すれば無利子。

• 2年目からは3%の利率が加算されていき、ローンの返済期限は5年。

適格条件はCOVID-19 Wage Subsidy と同等となり、申請ビジネスは、貸付金がビジネスの運営に使用される事などを申請時に宣誓し、政府との正式な契約を結ぶ事となります。
Inland Revenueがこのローンスキームを管理し、貸付額は「COVID-19 Wage Subsidy」の受領額をInland Revenueのサイトで入力する事で瞬時に算出されるシステムのようです。COVID-19 Wage Subsidyと同様、今回のローンスキームも迅速に支払われる事と予測されます。

政府と銀行が提携、コロナウイルスで打撃をうけたビジネスや家主へのサポートパッケージ

2020年4月20日

政府は3月26日のロックダウンに入る前に、既に打撃を受けている雇用主や従業員を救済すべく、Wage Subsidyの提供を開始しました。そして、その申請に早急な支払いおこない、4月17日現在で、$10 Billionを費やし、多くの市民の生活保護を行いました。

今回ご紹介する二つサポートパッケージの「Business finance guarantee scheme」と「Mortgage Holiday Scheme」は、こちらも政府主導で開始され、主にビジネスの運営やキャッシュフローを長期的に保護するためのものであり、Wage Subsidyと併用することができます。Business finance guarantee scheme は80%のリスクを政府が保証し、最大$6.25 Billionのローンを銀行と提携し成立させたサポートパッケージとなります。

最大で$500,000のローンを受ける事のできる「Business finance guarantee scheme」に関して

このスキームは、年間売上が$250,000~$80,000,000 のNZをベースにする中小企業が利用できるローンスキームで、NZの登録銀行すべてが、提供銀行として参加しています。このスキームで借りれる最高貸付額は$500,000と設定されていますが、個々の銀行はコロナウイルス影響を考慮し、独自の査定プロセスを踏み、貸し付け金が決定されます。

銀行からは今までの会計関係の書類を会計士から入手することを求められると思われますので、どこの銀行でもいいとは思われますが、すでに使っておられるある銀行に申し込む事が、ローン査定プロセスである、「信頼」や「業績」などを確認しやすく、申請が前に進みやすいかと考えられます。

このスキームの概要/注意点

  • ほぼすべての職種がこのスキームの対象であるが、農業や、Property Developmentなどは、このスキームでローンを組む事ができない職種の一つ。Excluded activities Listはgov.nzで確認ができる。
  • このスキームで借りた金額は3年以内に全額返済の必要があり、返済できる金額を申し込む事。
  • 2020年9月30日までがこのスキームの申請期限。
  • 銀行により利子や諸条件が事なるので、詳細は銀行に確認する事。

最大で6カ月のローン返済を延期 できるMortgage Holiday Schemeに関して

不動産などを抵当にして銀行に負債のある個人や中小企業が、コロナウイルスの影響で、収入に打撃を受けた際に、元本と利子両方のローン返済額すべてを、最大で6カ月間ストップできるMortgage Holiday Schemeの提供がNZ登録銀行からされる事になりました。

このスキームの最大の意図は、コロナウイルスの影響で月々支払っているローンの返済できない状況に陥った借り手が、住む場所を失わせない事であり、言い換えると、銀行はMortgage Saleで、担保の家を簡単に売却できない、となります。

このスキームを申し込まれる前にご理解頂いたいことは、支払いをストップしている期間も元本残金に対しての利子は加算されていき、利子がその期間「無し」になるわけではない、という事です。すなわち、支払いを再開する際の残金は、ストップする前の残金より増えており、最終的に支払う合計はこのスキームを利用する前より増えるということです。

このスキーム以外の救済案を提示している銀行は多いようですので、もし少額なら返済が可能であれば、「一定期間の元本の返済のみストップし、利子は払い続ける、(元本残金は増加を防ぐ)」、又は、「ローン期間を長くし、月々の返済額を少なくする。」などの救済案を提供しているか、ローンを組んでいる銀行に確認してみる事も可能かと思います。

支払いが厳しなってきたら、まず、銀行のご相談いただき、それらが提供するオプション検討されたら良いかと思います。

 

コロナウイルス(COVID-19) 影響下の商業物件の賃料

2020年4月16日

 

コロナでロックダウン中に、商業物件の賃料は支払うべき?リース契約書(Deed of Lease)の条項27.5をまず確認

大半の事業主は、リース契約を大家とかわし、店舗や事務所を、賃貸されているかと思います。

その事業主の中には、事務所を自宅に移し、Remoteで仕事をこなし、ビジネスにさほど影響を与える事なく、ロックダウンを過ごせる職種もあるかと思います。一方、カフェ、レストラン、美容室などの経営者は、ロックダウン中、収入がゼロとなり、(政府の要請で店舗のアクセスできない)この状況下で、賃料を支払わなくてはならない状況に直面します。

まず確認しなくてはならないことは、大家と交わしたリース契約(Deed of Lease)が最新版のSixth
Edition 2012 (4)かをリース契約書の右上に記載があることと、そのリースの条項27.5“No access in an
emergency”が削除されていない事です。

2011年のクライストチャーチ地震

No access in an emergency の条項が2012年に導入された背景には、2011年のクライストチャーチ地震あります。この災害後、店舗/事務所の大家からの賃貸の救済は、建物の破損が原因でビジネス続行が不可能になったテナントへのみでした。一方、Redゾーンに位置した、破損のなかった店舗は、店舗にアクセスができない状況であるのに、アクセスがきるまでの期間(テナントにより数カ月~数年の間)、法的には賃貸の支払い義務が発生しました。

その後、ニュージーランドのリース契約書のテンプレートを作成するオークランド弁護士協会は、災害(今回のような、Epidemic含む)でアクセスでなかったテナントを救済できる内容に更新したした契約書を発行しました。

Fair Proportionに関して

この条項には「店舗/事務所にアクセスできない期間、通常支払っている賃料のFair
Proportionが割り引かれる。」と記載があります。そこで、このFair Proportionとはどのように確定されるのでしょうか?

例えば、Remoteで営業が継続でき、収入にさほど影響がでなければ、賃料の割引は少ないので、大家はFair Proportionはゼロに近いと主張するかもしれません、一方、ロックダウンのよって全ての収入を奪われてしまったテナントには、割引幅を大きくすることがFairと言えるでしょう。

では、大家側の立場から考えてみましょう。もしテナントが賃料を支払ってくれなければ、ロックダウンのさなかでも物件に付随するMortgageやRatesなどの支払いは行わなくてならず(ただ、6カ月間のMortgage Holidayは申請できるかもしれませんが)、賃料をあてにしている大家は大変困るかもしれません。

Fair Proportionを確定させるためには、まず、大家へアプローチをし、お互いの状況を理解したうえで、納得のゆくFair Proportionを見つける事かと思います。

では、No access in an emergency条項がなければ?

リース契約書でまずその条項の代わる内容が記載されていないかを確認する事をお勧めします。もし該当条項がなかったとしても、交渉ができないわけではありません。

大家には賃料の割引の法的義務はありませんが、大家も、テナントに継続してビジネスを続けてほしいはずです。賃料の支払いが苦で破産されても困るかと思います。

賃料の支払いが難しい状況であれば、まずは大家にアプローチをし、可能な賃料救済がないかを尋ねる事はできます。大家よれば、割引に応じてくれるかもしれませんし、それが難しければ、ロックダウン中の賃料の延期や、分割で支払うなどの提案がされるかもしれません。

賃料の延滞による立退き通告  ルールの変更

注意しなくてはいけない点は、契約書上で支払い義務があるテナントが、賃料支払日に支払いを行わなければ、「延滞」となります。

延滞をすると、大家はテナントに立退き通告を出すことができます。現行の法律でのプロセスは、支払日から10営業日間賃料の支払いがされていなければ、大家は立退き通告を出すことができ、その通告は、10営業日以内に賃料の支払いをしなければ、リース契約がキャンセルされ、立退きを求めることが出来るとされています。

よって、支払日からは最短で20営業日まで延滞となれば、リース契約がキャンセルされる可能性があるという事です。

政府はコロナウイルスで打撃を受けたビジネスを救済すべく、商業物件の賃料の支払いに関するルールの変更案を提供する予定です。この記事の執筆時点ではまだ法律になっていないと言うことです。

それは、立退き通告が出せる、日数を10営業日から30営業日へ伸ばし、さらに、通告で通達する立退きの日数も10営業日から30営業日と伸ばすものです。(支払日か最短60営業日)。ただ、このルールの変更により、差し当たりテナントを立退きから救えますが、リース契約の基づく延滞金や罰金からテナントを救うルール変更は政府からの提供は今現在はないようです。

では、この変更案が執行後、すでに大家からだされた通告の位置づけについてですが、その通告での期間は新しいルールが適用され、支払い期限が伸びる事になると現在は案内されています。(通告から30営業日)

この状況下で、賃料の支払いが困難と予想されれば、大家と早い時期にコミュニケーションをとる事が、商業物件の賃料に関する交渉のKey Pointではないでしょうか。そして、首相のメッセージ‘Be Kind, Be Patient and to look after one
another”を忘れずに、お互い納得のゆく、救済策を練っていく事かと思います。

COVID-19 Wage Subsidy (政府補助金)について

4月16日

 

NZ政府は3月25日にCOVID19への警戒レベルを最高の「レベル4」へと引き上げ、必要最低限の買い出しや、Essential Serviceとされる業種の人の外出を除き、原則として外出禁止(ロックダウン)となりました。

警戒レベルが設定後、ロックダウンへと進む過程で、雇用主とその従業員の生活を保護すべく、政府はビジネス救済対策、「Covid-19 Wage Subsidy」を実行しました。日本人経営者を含む多くのビジネスがこの補助金を申請し、その従業員は受領を受けていると思います。

そこで、今回「Covid-19 Wage Subsidy」に関連して、「税金の処理の仕方」に関してと、「Covid19 Wage Subsidy補助受領者の公表」に関してご案内します。

1. 税金の処理の仕方

この補助金を受領した会社、Solo Trader, Partnership のPartnerが、疑問に思う税金に関しての質問をQ & A形式で税金処理の仕方を紹介します。

  • 受け取った補助金にGSTを支払う必要はありますか ?

A:GSTの対象金ではないので、支払いの必要はありません。

  • 受け取った補助金を収入として処理する必要がありますか?

A: 受け取った補助金はExcluded Incomeとして税金対象外の収入とみなされます。すなわち、この補助金に関しては法人税等の支払いの義務はありません。

  • この補助金を含む賃金の支払いの際、PAYEの差し引きはどうしたらよいですか?

A: 通常の賃金の支払いと同じように、PAYE, Kiwi Saver、Student Loanなどを差し引いて支払ってください。雇用主は、受け取った補助金を従業員へ支払う際、通常の給与と同じ扱いでPAYEの支払い義務があります。

  • では、自営業主(Solo TraderPartnershipPartnerなど)がこの補助金を、個人の給料として受け取る場合の税金処理どうなりますか?

A: 自営業主が、個人の取り分として受け取る場合は、収入があったとみなし、税金対象になります。

2. Covid19 Wage Subsidy補助受領者の公表

政府のMinistry
of Social Developmentは4月6日に「Covid-19 Wage subsidy」補助金を受領したすべての雇用主と、それが申請した従業人の数、受領合計額がサーチできる、公開サイトを発表しました。

https://services.workandincome.govt.nz/eps

その背景としてこのビジネス救済対策は、Covid19蔓延阻止対策中に、雇用主が可能な限り通常の給料の支払いをサポートし、従業員(Sole
Traderや自営業の場合は自身に対して)の最低限の生活を保護するという強い意図があると思われます。これを義務づけるために申請企業名が一般へ情報公開されることへの了承と下記の内容の宣誓を申請者に求めています。

  • 従業員のOrdinary
    Wage 又はSalaryの80%を可能な限り支払う
  • もしそれが不可能であれば、受け取った救済金全額を従業員に支払う。

今回の公表には、ビジネス救済対策、「Covid19
Wage Subsidy」の透明性を第一とし、上記の宣誓にもかかわらず、補助金を受け取りながら賃金を支払わない雇用主を阻止する意図があります。

雇用主がWage
Subsidyを受け取ったかどうかを従業員がサーチする際の注意点:

  • Trading nameやCompany Nameでサーチする事。
  • Trading nameとは、企業が一般に知られれている名前 (例:飲食業であれば顧客に知られている店名など)
  • Company NameとはNZの会社登録があれば、Company
    Officeへの登録会社名(ASB
    Service Limited など)

「殺人犯のかつら ―人権の侵害訴訟をめぐってー」後日談

昨年のオークランド日本人会会報冬号に上記のタイトルで書きました記事を覚えていただいていますか?若くして禿げている殺人犯(Phillip John Smith)が「刑務所の係官が私のかつらを奪ったのは私の表現 の自由(freedom of expression)への人権侵害だ」とオークランド高等裁判所へ訴え、彼はこの裁判に勝利しました。ちなみに彼の犯した犯罪は近所に住んでいた少年に何年にもわたって性的いたずらを 続け、これに怒った彼らの父親を殺した殺人犯です。さらにはその後仮釈放された時に変装して海外逃亡を企てました。再び逮捕された時かつらを取り上げられ、禿げ頭の写真が当時の新聞、テレビに出ていました。

後日談

その後刑務所側がthe Court of Appealに上訴していました。the Court of Appealはかつらをつけていたいと言うSmithの願いは表現の自由の権利への行使(engage)ではないと結論し、高等裁判所の判断を破棄しました。その後刑務所側が刑務所内でのかつらをつけることを認めたのでこの権利についての議論はなくなったとしています。

ちなみにどのような考察がこの新しい判決の中でされていたかに興味のある人もいるかと思いますので、その一部を紹介しましょう。曰く、重要な理論的根拠はかつらをつけることがそもそもSmithにとって表現すべき情報内容を含んだ行為と言えるか。この制定法 (New Zealand Bill of Rights Act 1990) における表現の自由は「非言語的象徴的」表現行為 (non-verbal symbolic expression)を含めて広く解釈されるべきだ。確かに髪型が文化的、宗教的もしくは政治的メッセージを伝えると言うこともあり、法の下の表現的行為にあたることもある。(すなわち言葉による主張だけでなく何らかの行為も表現の自由の範囲として捉えられるべきだと言うことです。)しかしながらこれは意見や情報を伝え合う何か (communicative of something) を含んでいなければならない。この意味でかつらをつける行為はSmithが主観的にどう感じるかだけで、誰かに伝えるべき何らかの情報を含んでいないので法律が保証している「表現の自由」の表現にあたらない。

私的な感想

常識的な判決だとは思いますが、これを読んで考えることが二つあります。

一つは一人の納税者として思いです。この裁判にかかる検察や裁判所への費用はもとよりSmithの裁判費用も訴訟経費扶助(legal aid)から支払われている可能性があります。すなわちこの裁判のすべてが税金でまかなわれていると言うことです。我々が支払った税金をもっと有効に使ってほしいと言う素朴な思いが一方にあり、とは言うものの誰かれなく一人の人権が軽く扱かわれればいつかじわじわとみんなの人権がむしばまれることになるという思いが交差します。

もう一つは裁判官には失礼ながら人の判断とはこの程度だと言う思いです。ニュージーランドでは何年もの弁護士経験、主に法廷弁護士の経験を経て裁判官になれる制度ですので、裁判官は常識を持ったとても聡明な(intelligent)方々です。ちなみに常識を持ったという言い方をしましたが、これは何かもしくはどこかの国と比べている訳はありません。弁護士であったときに常識がなかったとすればクライアントが来ませんので、弁護士であり続けることが出来なかったはずと言う程度の意味です。ともあれこのような素晴らしい見識を持つ裁判官でも同じケースに全く異なる判断を下す事実は知っておく価値があると思います。

弁護士の仕事で訴訟に関するケースで出くわしますと「このケースは勝てそうですか」とクライアントからよく聞かれます。正直な答えは「やってみないと分からない」です。「これじゃ答えになっていない」「頼りない弁護士」と思われるのはよく承知しますが、明らかに勝てそうなもしくは負けそうなケースは裁判に上がってきません。負けそうな側が裁判を回避しようと和解を呼び掛けてくるからです。これに対して観点によって双方に言い分があるときは、裁判に進むことになりますが、担当する裁判官によってどちらの言い分に重きをおくかが異なり結果が変わってくると言うことかと理解しています。

新たな裁判

上訴を経てこの裁判は終わりましたが、今年になってこのSmithともう一人の「悪名高き」受刑者Arthur Taylorが起こした新たな裁判がニュースになっていました。刑務所で209人の受刑者を対象に行われた身体所持品検査(strip-search)についての訴訟です。彼らによればこの身体所持品検査は2016年10月に刑務所内で起こった冷酷な襲撃への報復として行われた。報道によりますと6人の監視員が怪我をし、3人が刺し傷を負ったそうです。

SmithとTaylorはオークランド高等裁判所で次のように弁論したそうです。「体中を調べられ多大なる屈辱を与えられた。」「見くびられ、人間性を奪われたと感じた。」「すべての受刑者への謝罪と一人当たり600ドルの賠償をせよ。」「刑務所は見本を示すことによって受刑者を更生させることに責任がある。」「すべての人の権利を尊重する例を示すことで、他者の権利への尊重を徐々に教えていくことが刑務所にとってとても重要なことだ。」

さて皆さんが裁判官ならこの裁判にどんな判決を下し、どんな判決理由を述べられるでしょうか?

NZ Relationship Property (共有財産)Report 2017よもやま話

仕事柄いろんな分野の法律問題にかかわっていますが、Separationに伴う財産分けもその一つです。Property (Relationships) Act 1976と言う名の制定法がこれを定めたものです。これらの問題は早く解決する場合は3か月くらいで終了しますが、交渉が長引くと1年以上かかることもあります。したがって1件か2件は常にこの案件にかかわっている状況にあります。

この分野の法律は日本のそれとかなり異なりますので、この仕事にかかわる時はNZの法律の説明がまず初めとなります。やってみますとこの分野の日本の法律を知っている人にNZの法律を理解してもらう方が知らない人へのそれと比べて難しいことを経験しました。このいい例がなんと日本の弁護士さんです。この分野を扱う日本の弁護士さんは日本の法律が合理性を持っていると自負されていますので、初めて聞くNZの法律を理解されると言うよりは納得されるのに時間がかかるようです。

交渉の伴う法律業務は一般にクライアントと弁護士間の意思疎通がカギとなります。このために初めはクライアントが持っている日本とNZの法律もしくは一般知識を把握した上で説明していくことが必要です。この知識の中には日本のそれと混同されている人もまれではありません。Separation自体は穏やかな問題ではありませんので、これに至った理由などもお聞きしてそのクライアントの気持ちや性格を踏まえることが結果的にNZの法律をきちっと理解してもらえることにつながります。そしてこの法律理解を通してクライアントと弁護士間の意思疎通が形成され、相手側との交渉力を高めることに繋がります。

さてこの分野の仕事にかかわる中で一般的傾向と考えられる事柄に気付くことがありましたが、何百件ものSeparationに伴う財産分け事案を扱ってきた訳ではありませんのでそれを公に話すのは控えてきました。

最近この拙文のタイトルにありますNZ Relationship Property Report 2017がニュージーランド法律協会によって公表されました。この報告書は400人近くの家庭法を専門とする弁護士がアンケートに答えたものです。この種の研究としては包括的な調査と言えそうですし、やはりそうだったんだと思うこともありましたので、この中からいくつか拾って紹介してみます。

迅速な解決

多くの弁護士がこれらの問題解決に対して重点を置いているのは交渉(negotiation)です。交渉だけでは問題解決が見えてこない場合にはより効果的な解決方法が必要となってきます。この方法として彼らが重要であると位置付けているのは時間と費用のかかる正式裁判ではなく、この分野の専門家である判事を含めた家庭裁判所での速やかな解決(speedier resolution)です。

共有財産法とトラスト法

回答を寄せた60%近くの弁護士は共有財産(Relationship Property)とトラスト法の共通領域についてのよりいっそうの確かな見通しを求めています。これにはちょっと解説が必要です。トラスト法は英米法ではかなり昔から存在する財産に関する法律です。これに対して共有財産の分け方に関する法律は比較的最近に発展してきた分野の法律です。私が弁護士になった後でもかなり大きな改革がなされています。一般に新しい法律が導入されるときには今まである法律との整合性、すなわち矛盾が生じないかどうかは十分に吟味されます。しかしながら「現実は小説よりも奇なり」がどこの世界にもあります。実際のケースが裁判に上がってきますとRelationship Property法でみるとAの結論になるがトラスト法でみるとBの結論が導けると言ったことが起こります。したがってこのようなケースには「裁判官次第です」と言ったアドバイスしか弁護士はできないことになるのを懸念しています。通常これらの問題は判例が積み上げられて見通しの確かさが確保されるようになっていきます。

隠される財産

財産分けが弁護士の手に任されますと交渉の初めの段階でdisclosureと呼ばれる財産の公表をお互いにします。人間関係がうまくいかなくなった時にSeparationが起こり、その後の財産分けですから配偶者が知らないと思われる自分の財産を隠そうとすることが起ります。これは実は私が結構出くわす難しい問題でもあります。結婚してニュージーランドへやって来た女性の場合、夫から手渡された生活費以外は夫がいくら稼いでいて、生活費以外のお金がいくらあるのか、どのように貯蓄されているのか、他の何に使われているのかをよく分かっていない人がいます。

この分野を専門とする弁護士はdisclosureされた財産を法律に基づいて公平に分けることはできますが、隠されている財産を見つけて指摘するのは難しく、弁護士の仕事外のことになります。この問題に対処するために64%の弁護士が財産隠しをした者への厳しい罰則を求めていることから、この問題が現実に多くあると言うことでしょう。

Separationと子供の権利

財産分けを定めたProperty (Relationships) Actの中で、財産分けの決定を下す裁判所に対して子供の権利を考慮するように明確に謳われています。しかしながらほとんどの弁護士は財産分けの過程でこれが考慮されていないと指摘しています。補足しますと子供を誰が日常的に面倒をみるかなどを決めるときには子供自身の権利や意見が大いに尊重されていて、これを実現するために裁判所が子供のための弁護士を指名することもあります。財産分けの段階でも子供の権利を考慮せよとのことのようです。

典型的な離婚者像

この調査の中で見えてきた共通したケースについても記されています。結婚歴が10年から20年、年齢は40歳から49歳、共有財産の価値が$500,000から$1 millionの人が弁護士にアドバイスを求める典型的な人々だそうです。このことは中年の危機(midlife crisis)が今も生きているとコメントされています。ちなみに辞書の中の説明によりますとmidlife crisisとは「中年期に起こる自信喪失、価値観への不安」「特に男性が老化を自覚して無気力になる」だそうです。

最近の傾向

そのほかの興味ある傾向として50歳以上で離婚した人(silver splitters)は結婚前の財産に関する同意書(prenuptial agreements)についてアドバイスを求めることが増えているそうです。もちろんこれは再婚に備えてのことです。この傾向は今後も続き、別れた配偶者との間の子供(成人)との絡みで弁護士にとっては「新しい挑戦」をもたらすだろうと記されています。

離婚の理由

典型的な離婚の理由は愛情の減少(67%)、不倫(52%)だそうです。ただし最近ニュージーランド国中で広く認められる傾向としては家庭内暴力(33%)、アルコールや薬物乱用(30%)などの深刻な問題も反映しています。

世の中の変化に合わせて法律も進歩していかねばならない傾向はこの分野でもより強く求められていると言うことが出来るかもしれません。

ニュージーランドにおける病気休暇の判例

ニュージーランドの雇用法では6か月間の勤務を完了した時点で、先一年間に5日間の病気休暇の権利が生じます。これは自分の病気だけでなく、子供や配偶者などの身近な人の世話のためにも使える権利です。家族みんなが元気で一年間に1日もこの休みを取らなかった場合には最高20日間まで溜める(rolling over)ことができます。

最近見かけた病気休暇の判例を紹介します。日系の自動車会社の機械工Aが病気休暇をたくさん取得したために解雇を余儀なくされたとしてEmployment Relations Authority(ERA:雇用裁判所へ行く前の調停機関)に訴えたところ、①屈辱(Humiliation)、②尊厳の喪失(loss of dignity)、③感情毀損(injury to feelings)が認定され$15,000の賠償金が与えられました。この他にも損失収入(lost income)としていくらかが保証されたようですが、この金額は公表されていません。

Aは230日の仕事期間中30日この休みを取りました。ただし法律の規定以上の日数を使った場合には欠勤扱い、すなわち給与は支払われません。Aの場合、自分の病気もありましたが、彼の奥さん、そして3人の子供ために取られた休暇と言うことでした。ERAは彼以外の誰も子供の世話をできない状況であり、病気休暇を取る時にはその事情を雇用主に説明し、医療情報も知らせていたと裁定しています。

Aの仕事ぶりは平均以上で病気休暇の多さ以外は何も問題ないことを雇用主のBも認めています。

Bは解雇になる以前に2回の警告を与えていました。A が子供の世話で病気休暇を取っている時にBは突然彼の家を訪ねて、なぜ奥さんが子供の面倒を見れないのか聞き、子供が本当に病気であるかどうかを確認しています。さらには子供が病気になったとしてAが早退したときに、BはAの 妻の職場に電話を入れて彼女がそこにいるかを確認していていました。それだけでなく彼女や子供の健康状態を聞き、なぜ夫の代わりに彼女が早退できないのかなどを問い詰めていました。

その後Aは雇用主Bより会社を辞めるか、更なる病気休暇を取らないと合意するかと迫られ辞職しましたが、ERAはこれを事実上の不当解雇と認定しました。

よく休んだり早退したりする従業員は困ると言うのは会社として当然ですが、この対応には雇用法のルールに沿った慎重な対応が要求されてます。この判例では特にAは病気休暇が必要な事情やその証拠にあたる医療情報を示していたとされてますので、嘘をついているかを前提としたような会社の対応は慎まれるべきであったと言えるかもしれません。

月曜日によく病気休暇を取る人がいるとかまことしやかに語られますが、このような場合には会社が会社の費用で医者からの証拠書類を従業員に要求することはできます。

会社が従業員の行為に不満がある場合でも、会社側に特に求められているのは誠意を持った対応 (Good Faith) で、「目には目を」といった短絡的な対応ではERAに行くことになると通用しないということになるかと思われます。職種や事情によってその対応はもちろん異なってきますが、例えばその人が急に休むと仕事の流れに支障が出るとか特定の誰かにしわ寄せがいくということであれば、これをどう思うかとその従業員に相談したり、誰にでも病気休暇は起こりうることですのでこれに対応できる会社の体制を作っておくなどが考えられるのではないでしょうか。

『オークランド日本人会2017年春号に記載』

労働ビザの新しい基準と申請について

2017年7月27日付の移民大臣(Hon Michael Woodhouse)が労働ビザ政策の変更ついて声明を発表しました。前回4月に発表された最低年収額の基準が緩和されることとなり、新政策が施行される2017年8月28日以降、技能職は年収額によって以下3つに分類されることになりました。

 1. 高技能職 – 年収NZ$73,299以上(中間年収額の150%)のいかなる職種
 2. 中技能職 – 年収NZ$41,538以上(中間年収額の85%)で、かつANZSCO(オーストラリアとニュージーランドの職業リスト)で上位レベル1,2,3に指定されている職種
  ※ 前回発表時は、年収NZ$48,859以上(中間年収額)を予定していたが、基準額が高すぎるという業界団体からの声を政府が調整した結果となりました。
 3. 低技能職 – 年収NZ$41,538未満の職種

今後、中技能職の基準に達していない低技能職に該当する申請者は労働ビザに関して、以下の制限を受けることとなります。

 1. 一回で発行されるビザの有効期限は1年以内に限定
 2. 3年間までは更新が可能
 3. 当該ビザ失効後に1年間ニュージーランドから出国しなければならない
 4. 労働ビザと付帯して申請可能だった家族向けビザの申請不可(配偶者やパートナーが就労可能なパートナービザ、子供の就学ビザ)

従って、低技能職に該当する移民労働者は家族をニュージーランドへ連れての就労が実質的に出来なくなった結果となりました。しかしながら、前回4月の発表時点では、中技能職の最低年収基準がNZ$48,859以上で政策が施行される予定であったものが、今回$41,538に引き下げられる結果となり、年収基準に満たない理由でビザ申請を諦めかけていた移民にとっては朗報となりました。ちなみに、$41,538を時給換算すると$19.97となり(週40時間の雇用契約の場合)、時給$20.00をもらっているかどうかが一つの判断基準になります。

例を挙げると、AさんがBレストランからシェフとして年収$42,000のジョブオファーをもらった場合、年収が$42,000なので、中技能職の基準($41,538)を超え、かつシェフはANZSCOでレベル2に該当しますので、中技能職として最長3年の労働ビザが発行され、パートナーや子供のビザも付帯して申請が可能になります。しかし、これまで同様に最も注意しなくてはならないのが、ANZSCOでシェフとして認められるためには一定の基準があり、それを証明しなくてはならないことです。移民局がそれに該当しないと判断するとビザ申請が却下される可能性があります。

 ※なお、上記の年収基準は2017年8月時点のものであり、ニュージーランド政府により適宜見直されることになっております。

労働ビザ申請については、永住ビザとは違い申請すれば比較的簡単に取れるものという認識があるようですが、実際のところ、ビザ申請が却下されてからご相談に来られるケースも少なくありません。現地大学を出て現地企業からの内定が決まった留学生ですら、労働ビザ申請でつまずくこともあります。労働ビザで提出した書類は移民局に記録として残りますので、特に将来的に永住ビザ申請を考えていらっしゃる方は、労働ビザ申請をあまり楽観視せず、慎重に書類証明をご用意されることをお勧めいたします。

ビザに関するお問い合わせは、contact@rosebanklaw.co.nz へメールにてご連絡ください。その後、弊社からお見積りとお打合せの日程について連絡させていただきます。Skypeでの面談も承っておりますので、遠方にお住まいの方にもご利用いただけます。

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2017年7月27日 移民大臣声明
https://beehive.govt.nz/release/changes-temporary-work-visas-confirmed

殺人犯のかつら ― 人権の侵害訴訟をめぐって

殺人犯とは正当な理由なしに人を殺した者のことを言い、裁判でその罪が確定した人と言うことは誰でも知っています。ニュージーランドでは死刑が廃止されていますので、基本を無期懲役として仮釈放の申請が許されるまでの期間が通常判決時に言い渡されます。仮釈放の申請をすれば必ず許可される訳ではなく、一定の基準を満たさなかったとして却下されることももちろんあります。却下されると次の申請までに一年は待たねばなりません。

したがって犯罪者が監獄に一定期間閉じ込められることになるということも周知の事実です。この一定期間行動の自由が奪われるという事実をもって犯罪者の基本的人権が侵害されていると主張する人はいないと思います。これは犯した罪に対する罰であり、報いであると考えられるためです。

では若くして禿げている殺人犯が「刑務所の係官が私のかつらを奪ったのは私の表現の自由(freedom of expression)への人権侵害だ」と訴えたら、この正当性はどう裁かれるでしょうか?この裁判が3月に本人(Phillip Smith)である殺人犯によって実際にオークランド高等裁判所へ持ち込まれました。かつらを取り上げた刑務所を訴えたのです。そしてこの結果(判決)、なんと彼がこの裁判に勝利しました。

Phillip Smithの犯罪歴

まずこの確定殺人犯はどんなことをしたのNZ Heraldからひろってみます。Phillipは1974年にWellingtonに生まれました。3歳のときに両親は離婚し、彼のお母さんはCartertonへ移り、彼はお母さんに付いていきました。その後お母さんが再婚しSmithの姓に変わりました。

1980年後半に彼が住んでいるCartertonの同じ通りに小さな子どものいる夫婦が移ってきました。Smithと少年たちは親しくなり、彼は両親からbig brotherと見なされていたと言います。ところが1995年9月に子どもたちは彼から性的ないたずらを過去3年間に渡って受け続けていたことを両親に告白します。「誰かに言えば家族を殺す」と脅かされていたので、子どもたちが受けた被害は文字にするのがはばかれるような内容でしたが長く沈黙を守っていました。

これを聞いて驚いた両親は直ぐに警察に連絡し、Smithから逃れるために夜逃げのようにしてWellingtonへ引越しました。彼はその後直ぐに逮捕、起訴されました。

当初は彼が被害者と接触することを心配して仮釈放が認められませんでした。なぜなら彼の部屋から被害者の家族が逃げたWellington郊外にある学校のリストが見つかったためです。

彼はこの時点ですでに20に及ぶ有罪判決がありました。その中には裁判への証人を火炎びんで脅かして公正な裁判を妨げた罪などがありましたが、高等裁判所に再審を求めて上訴し仮釈放が認められました。

その2週間後にはAucklandの男性への恐喝で逮捕、起訴され再び収監されました。脅かされた男は後に自殺を図ったと言います。この訴訟中に警察から逃げ出し、再び逮捕され、再度仮釈放を認められました。被害者である13歳の男の子と接触をしない、家族の居場所を探そうとしないがこの仮釈放の条件でした。

このような仮釈放条件をSmithは全く無視して、1995年12月11日に被害者家族の住む新しい家に向かいました。ナイフやライフル銃を持って裏庭から忍び寄り、そこで3時間待ちました。これらの武器は1週間前にこの家の近くに隠していたと言います。

被害者である13歳の男の子が彼の部屋にいるSmithに気づき目覚めるやいなや、両親を叫んで呼びました。急いで駆けつけて来た父親をSmithは繰り返しナイフで刺しました。この少年は逃げ出し、近くの警察に助けを求めました。この時Smithは少年の母親と兄弟に銃をつきつけて死にかけている夫へ近づかせないようにしていました。ホラー映画に見るような執拗さではないでしょうか?

その後すぐに逮捕されたSmithは殺人罪で起訴されました。この裁判の中で彼の部屋から殺人への詳細な計画書が見つけられたことが明らかにされました。

長きに渡る少年への性的虐待と彼らの父親の殺人に対する有罪判決をもってしてもSmithはこの家族を苦しめることをやめませんでした。彼は刑務所の中からこの家族に4回も脅しの電話を入れています。彼の独房を捜査した警察はこの家族の名前が記されたhit list(暗殺もしくは攻撃者のリスト)を見つけています。

その後2014年11月にSmithは一時的に釈放されました。この時彼はかつらなどを使って変装しブラジルまで逃亡しています。ちなみに彼が問題にしているかつらはこの逃亡の時に使ったかつらで、以後愛用していたようです。

Smithがどんなことをしてきて、どのような人格かをある程度知った上でこの「かつらはく奪人権侵害裁判」を考えるのが良いかと思い、長いと分かりながら記させてもらいました。

裁判では何が争われたか

さてこのかつらはく奪人権侵害裁判ではSmithが何を訴え、どのような内容が争われたのでしょうか?彼は裁判官に訴えました。「逃亡の後に刑務所に戻った時が私の人生で最悪の時だった。」その理由は逃亡という情けない行為をしたからでも再び捕まったからでもありません。曰く、「なぜならかつらを取られ、禿げのままの自分の写真が新聞の一面に載ったからだ。私は見くびられ、面目を失わされ、屈辱を受けた。」

「もっと恥と思わなければならないことがいっぱい他にあるんじゃないですか?」と突っ込みたくなるコメントですが、Smithは20代から髪の毛が薄くなり始めたので、かつら無しでは人前に出れなかったと言います。にもかかわらず刑務所はなぜ彼がかつらをつけてはいけないのかについて合法的な理由を明らかにせず、これを正当化するために警備上の懸念をおおげさに主張した。木の実をハンマーで叩き割るようなものだ。結果として彼を人間的尊厳をもって扱うことをしなかった。

これに対し刑務所側の弁護士は「刑務所の判断は運営上の問題で裁判所が干渉を控えるべきだ」と述べましたが、裁判官は違った見解を示しました。刑務所はThe Bill of Rights Act (ニュージーランドにおける人権を定めた法律)のもとに保障されているSmithの人権に対する配慮に欠けたと判断しました。先ほども述べましたが、基本的人権である表現の自由(freedom of expression)が侵害されたということです。しかしながらSmithが要求していた賠償は退けられました。

判決への反応

まず一般の反応は「殺人犯のかつらを取ったくらいで、何が人権侵害か」ではないでしょうか?事実、この判決に怒った国会議員の一人は彼のFacebookで「このような男には何の権利もない。刑務所の誰かに頭皮を剝がれればいいんだ。」と扇動的なコメントを載せ、後にすぐに取り下げています。

言うまでもないことですが、殺人犯がいると言うことは殺された人がいるということで、殺人犯はこの被害者の最大の人権である生きる権利を奪った者のことです。The Bill of Rights Actを否定する人はいないと思いますが、この法律が被害者より加害者の権利を守っているのではないかとはこの法律の当初から繰り返されてきた議論ではありました。

この裁判で審議されている争点を「Smithのかつらを取り上げなければ、刑務所の運営上問題があるか」と規定すると、必ずしもそうとは言えないという結論になるかもしれません。一方で子供への性的虐待、殺人、逃亡など数々の重罪を重ねておいて、そんな人間がかつらを取られたぐらいで騒ぐなが一般的な受け止め方ではないでしょうか。

「歎異抄」の有名な一節に「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。」がありますが、善人は言うまでもなくどんな悪人だってその人権が守られる素晴らしい人権国家二ュージーランドという事になるのでしょうか。

『オークランド日本人会2017年冬号に記載』